瓜生中 公式ブログ
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コロナから見た日本人の民族性

「神社の信仰に由来する日本人の民族性」

岩の間の葉っぱ

たしか、前々回のブログだっただろうか、今回のコロナ騒動で日本人が自主的に自粛生活をするのは日本人の民族性によると言ったことを述べた。
今回は同じ課題を少し違った角度から考えてみたいと思う。

日本人は縄文時代(紀元前1万年ごろから紀元前3世紀ごろまで)から数件の家族が寄り集まって集落(ムラ)を形成して生活してきた。
そして、弥生時代(紀元前3世紀ごろから3世紀ごろまで)になって稲作が始まるとさらの多くの家がまって協力して農耕生活を営んできた。

そして、すでに縄文時代からムラの安全や狩猟や農作の成功を守る共通の神を中心にムラの結束を固めていたが、時代が下るとその神はさらに具体性を持つようになり、6世紀ごろには現在の神社のようなものを設けて神を祀るようになった。

その神というのは同じムラで生きて来た人たちが死後、近くの山から天に昇った霊魂、つまり、先祖の霊にほかならなかった。
そして、神には先祖の霊のほかにもう一つの性格がある。

日本では古くから外界のすべての自然物に精霊が宿ると考え、それを丁重に崇めるとやはり人々にさまざまな恩恵をもたらしてくれると信じられていた。
このような自然物に精霊が宿るという信仰はアニミズム(精霊崇拝〈せいれいすうはい〉)と呼ばれる古代信仰で、世界中に広く分布している。

今も神社の境内や山中の大樹や岩などに注連縄がかけられているのを目にするが、これは大樹や岩に精霊が宿ると信じるアニミズム信仰に基づくものである。

そして、祖先の霊と自然物に宿る聖霊が融合したものが、いわゆる「氏神(うじがみ)」と呼ばれるもので、これがわれわれが信仰する日本の神の正体である。

この神はわれわれ人間の力がまったく及ばない強い力でわれわれを助け、幸いを与えてくれる。
その一方で人が非礼を働くと甚大な災いをもたらす恐ろしい存在でもある。

そして、氏神は通常、一年に一度、山の山頂付近に降りて来たときにムラビトたちが御馳走を供えたり、歌や踊りを披露して歓待すると、それに応えて神は豊作や災害の回避などという幸いを与えてくれるというのである。

また、本来、宗教は個人の信仰心に根ざすものであるが、日本の神の信仰はムラ単位の集団の信仰である。
だから、神への祈願もムラ単位で行われるのであり、神はムラ全体に利益をもたらしてくれるのである。

しかし、「触らぬ神に祟りなし」というように、神を粗末にしたり、非礼を働いたりすると逆鱗に触れてたちまち天罰が下る。
しかも、天罰は特定の一人が非礼を働いた場合、その張本人だけに下るのではない。

ムラビト全体に災いが降り掛かって来るのである。
これが日本の氏神の信仰がムラ全体の集団の信仰である由縁である。
つまり、ムラビトは連帯責任を負うのである。

この連帯責任という観念も特に明治以降の日本人には馴染みの深いものである。
集団の誰か一人の犯した過ちや罪を集団の構成員全員で背負うのが日本流の連帯責任である。

このような連帯責任は回避できないが、責任を負わされる原因を作った張本人を探し出して制裁が加えられるのである。
それがいわゆる「村八分(むらはちぶ)」というもので張本人はムラビトとの付き合いを遮断されるのである。

「村八分」の定義は余りハッキリしないが、葬儀と火事のときだけはムラビトの協力を得ることができるが、他の祝い事や祭など一切の付き合いを遮断される。
つまり、八分、8割は付き合いを止めて2分、2割だけは仕方がないから付き合うということだ。

このような連帯責任が重んじられたことから日本人は他人の言動に歩調を合わせてできるだけ個人的な意見を語らないという民族性も身に着いたのである。

だから、日本人の多くは事の良し悪しは二の次にしてとにかく人と歩調を合わせようとする傾向が強い。
今回のコロナ騒動でもほとんどすべての日本人がアスクを着用している。

恐らく日本人でマスクをしていないのは1000人に一人もいないのではないだろうか。
少なくとも100人に1人などというレベルではないことは確かである。

これは外国人、とくに欧米人にとっては信じられないことらしい。
日本人のほとんどすべてがマスクを着用しているのは自分が他者に連帯責任を負わせる張本人にならないための民族的な自己防衛本能が働いているのかもしれない。

そして、とにかく周りの人々と意見や行動を合わせて置こうとする態度は長きにわたる氏神の信仰の中で育まれてきたのではないだろうか。
このように多数に歩調を合わせるという日本人の民族性は、今回の新型コロナウイルスの感染拡大を抑える上では役に立っているのかもしれない。

「統治の具とされた民俗性」

茶釜と炉
しかし、良いことばかりではない。
歴史的に見ればときの為政者はこのような日本人独特の習性を上手い具合に利用して統治の具としてきたことも忘れてはならない。

前述したように他人と歩調を合わせて集団を乱さないという習性は神社を中心とする日本の神の信仰の中で培われたものであり、同時に連帯責任という観念も生まれた。

そして、古くから為政者はこのような日本民族の特性に着目し、神社を単位とする統治の枠組みを作り出したのである。
すでに大化の改新(7世紀前半)の律令制の下で神社のランキングを定め、伊勢神宮を頂点とするヒエラルキーの下に全国の神社を国家の支配下に置いたのである。

この体制は平安時代には律令制の衰微によって揺らいでいくが、全国津々浦々の村々では相変わらず人々は神社を中心に結束を固めていたのである。

このような結束力が農村の生産力の源泉となり、農民から納められる石高(こくだか・米の生産料)に生活の基盤を置いていた皇族や貴族を支え続けたのである。
このような構図はその後も変わらなかったが、江戸時代になると徳川家康はこの習性を統治の具としてきたのである。

そして、徳川時代になると徳川家康は日本人特有の人と歩調を合わせて連帯責任を重んじる民俗性を寺院を中心に再編成した。
つまり、家康は檀家制度を整備して神社とともに寺院を中心とする統治の機構を作り上げたのである。

檀家制度が完全な形になったのは三代将軍・家光の時代だが、神社と寺院をムラビトの共通の拠り所とすることで人々はより結束を強めることになったのである。

もともと日本では神と仏を渾然として崇める「神仏習合」の信仰が早くから行われていた。
日本人はインドからやって来た仏教の仏を日本の神の一員と見なし、神と仏を同列に置いて信仰を深めて来たのである。

今でも日本人が何か困ったときなどに願い事をする際に「神様、仏様」と併称するのは神仏習合の信仰形態を良く表している。
また、先に述べたように、日本の神は先祖の霊で、古くから祖先信仰を中心に神の概念が形成されてきた。

仏教はもともと生きた人間を救済するもので、亡くなった人(祖先)を対象にはしていなかった。
しかし、日本に伝えられると仏教も祖先信仰の中に組み入れられるようになったのである。

お盆や彼岸などの二大仏教行事といわれているものも古くから行われていた先祖供養の儀礼に仏教的要素を加えて仏教の教えを元に説明を加えただけなのである。
これは、葬儀や年忌法要(ねんきほうよう・法事)など寺院で行われるあらゆる儀礼についていえることである。

檀家制度によってすべての日本人はムラの寺院(菩提寺〈ぼだいじ〉)の檀家(構成員)になるとともに神社の氏子でもあった。
このような状況に日本人は特に違和感を覚えなかったのである。
そして、神仏を同時に仰ぐことによって他者と行動を共にするという意識はより高くなり、連帯責任の観念も強まったのである。

家康の狙いは正鵠を得て幕府は民衆をよりスムーズに統治することができたのである。

そして、明治になると維新政府は「国家神道(こっかしんとう)」を掲げて神社を基軸とした統治の徹底をはかった。
つまり、大化の改新以降の律令制下の統治制度を再び採用することにしたのである。

全国津々浦々の神社の祭神は伊勢神宮に祀られている天照大御神を頂点とする整然とした序列の中に組み入れられることになった。
そして、天照大御神の皇孫(こうそん・子孫、すなわち歴代の天皇)である天皇を「神聖ニシテ侵スヘカラ」(「大日本帝国憲法」第二条)ざる絶対的な存在とする統治機構を確立したのである。

国民は「臣民(しんみん)」と呼ばれ天皇に対する絶対的な服従が求められ、服従しない者には「不敬罪(ふけいざい・天皇を敬わない罪)」が適用されて法的な制裁を受けた。
「臣民」とは君主制に於ける君主の支配の対象となる民のことで、民主国家に於ける主権を持った国民(民)とは全く異なるものである。

明治以降の体制の下では村々には絶対に逆らうことのできない氏神がおり、その上に天皇という国家の統制者としての神が君臨することになった。
大化の改新のころから天皇は神であるという観念が生じ、やがてそこから日本は神国であるという思想が生まれたのである。

このような状況の下で個人の意思とは無関係に他者の言動に同調し、連帯責任を重んじる日本人の民族性はさらに強化されたのである。
国が戦争を始めようといえば異を唱えることはできず、反対すれば「非国民」の誹りを受け、法的に罰せられることにもなった。

その結果、「一億総動員」の掛け声の下、すべての国民が戦争に参加、協力することを強要された。
その結果、勝ち目のない太平洋戦争に引きづり込まれて未曾有の惨劇に遭う羽目になったのである。

昭和20年(1945)の敗戦で明治以降の体制は崩壊し、新憲法の下に民主政治が行われるようになった。
しかし、他者の意見に同調し連帯責任を重んじる民俗性は継承されて現在に至っている。

日本人は太平洋戦争もその特有の民俗性で遂行し、戦後、高度成長を達成して世界第二位の経済大国になったのもそのような民族性が根底にあった。

そして、良し悪しは別として他者に同調し、連帯責任を重んじる民俗性は今回のコロナ騒動でも遺憾なく発揮されたと見ることができるだろう。

確かに日本人は欧米やアジアなどの他の諸国に比べて衛生観念に秀でている。
実はこれも神社の信仰と大いに関係がある。
われわれは神社に参拝するときに参道の入り口にある手水舎で手を洗い、口を漱ぐ。

日本の神はことのほか穢れを嫌うため、神の前に進むときには水で身を清める必要がある。
そうしないと神が機嫌を損ねて神罰が下るのであり、しかも、その罰は共同体全体に降り掛かって来ると信じられているのである。

だから掟破りの犯人になって共同体の全員が連帯責任を負わされ、その後、自分が彼らから制裁を受けることがないように、面倒でも手と口を水で清めるのである。

手水舎でも清めは全身を水で清める「禊(みそぎ)」の簡略化で、今でも神職などは祭礼や重要な神事の前には全身に水を浴びて身を清めた上で神に近づくのである。

また、およそ人間として生を受けた者は生来の責任感を持っている。
もちろん、個人差があって責任感の強い人とそうでもない人があることは言うまでもないが……。

そして、生来の責任感が自発的、積極的なものであるのに対して、日本特有の連帯責任は他律的、消極的なものである。
戦争中、一つの兵舎で靴が無くなると、隣の兵舎から靴を盗んできて数を合わせ、盗まれた兵舎はまた他の兵舎から盗んできて数を合わせたという。

これを「員数合(いんずうあ)わせ」といい、内容はどうでも数さえ揃っていればOKということで、これも日本人特有の民族性に根ざすもので、今も役所などでは内容よりも体裁を重んじる傾向が強いのもそのような民族性によるものかもしれない。

「お上(かみ)の言うことを疑わない」

日の丸と日本地図

日本人にとって神社に祀られている神はいわば宇宙の摂理(せつり・自然を支配している法則)のようなもので、その天ではキリスト教の全知全能の神ヤーウェに近い存在である。

今は余り使わなくなったが、かつて日本人は「お天道(てんとう)さま」という言葉を良く口にした。
「お天道さま」はもともと太陽を敬った言葉だが、日本の神もこれと同義で捉えられたのである。

そして、神、お天道さまは人間の力の決して及ばない超自然的な存在で、その意向は絶対的なもので誰もが従わなければならないと考えられていた。
このような観念は太陽信仰に基づくもので世界中に見られ、キリスト教のヤーウェも太陽の神格化と見ることができる。

日本では天照大御神という太陽を神格化した神が登場し、大化の改新(645)のころから絶対的な権威を持つようになった。
また、『古事記』『日本書紀』以来、天照大御神の子孫とされる天皇も神として君臨するようになった。

日本人は古くから天皇のことを「お上」と呼び、江戸時代になると将軍および幕府を「お上」と言うようになって「お上」の言うことには無条件で服従するという態度が民衆の間に普及したのである。

明治以降は再び天皇や国家が「お上」として君臨するようになり、「お上」の存在、そして、「お上」から発せられる言葉や政策は絶対的な正義で、これに異を唱えるものは「異端」扱いされ、容赦なく法的な制裁を受けることになったのである。

そして、民主化された戦後も日本人の持つ「お上」という観念はしぶとく生き続けた。
日本人が国家の政策やある種の権威を持ったものの意見に疑いを持たないのは長きにわたる神に対する信仰の中で培われてきた民族性によるということができるのではないか。

今も振り込み詐欺など特殊詐欺の被害は後を絶たないが、官公庁や大手銀行の名前を出すのが詐欺師たちの常套手段だ。
こういった名前を出されるとつい信じてしまうのが日本人の悲しい性(さが)である。

また、かつて「水道局の方から参りました」といって水道工事と称して法外な工事代を請求するという手口の詐欺が横行したことがある。
彼らの言う「水道局の方から」の「方」は水道局の「方角」から来たという意味だった。
そんな愚にもつかないウソでも「水道局」という公的機関の名前を出されるとつい信用してしまうのである。

このような良い意味でいえば大らかな国民性を持つ日本人は特に法的に拘束しなくても、外出を自粛しろと言えば大半の人は抵抗なく自粛し、マスクをつけろといわれれば同じく抵抗なく熱い最中にもマスクを着けて息苦しさに耐えることができるのである。

このように日本人が整然とコロナ感染拡大の防止に協力する姿を見て、「これぞ日本人の美徳」であるといって喝采を送る人もいる。
確かに結果的には「美徳」ということができるかもしれない。
しかし、前にも述べたように、それは必ずしも積極的な協力ではあり得ない。

多くの場合、人と歩調を合わせないことで非難されたり、和を乱して他者に連帯責任を被らせる犯人になりたくないからであろう。
そのことを日本人のほとんどは意識していないかもしれないが、心の奥底に潜在的に組み込まれている民族性のなせる業ということができるだろう。

また、そこには民族意識を働かせる「お上」という観念があるのである。
だから、非常事態宣言を解除した途端に「お上」の言葉を疑うことなく一気に人出が増えた。
今も「お上」の発する言葉はそれほどの権威をもっているのである。

ここ数日、特に東京都の感染者が増えていて第二次感染拡大の不安が頭をもたげて来た。
しかし、現時点ではアメリカやブラジルのような爆発的な感染拡大もなく、コントロールできているようだ。

ここまでは日本人の民族性が上手く機能しているようである。
しかし、将来的な事、つまり、コロナが終息した後のわれわれの身の振り方を考えた場合、日本人固有の民族性ということを熟慮した上で施策を考える必要があるだろう。

個々の民族はそれぞれ固有の民族性を持っているのであり、その民族性を考慮に入れて施策(政策)を打たなければ誤った方向に導く危険性がある。
他国の行っている政策は参考にはなるがそれをそのままの形で導入することは余りにも乱暴なやり方である。

ソーシャルディスタンス、ウィズコロナ、クラスター、東京アラート、パンデミックなどなど。
今回のコロナ騒動ではどこかの都知事が大好きなヨコ文字が横行している。

日本人は古くは主に大陸の思想や文化、政治制度などの概念を漢字で取り入れ、明治以降は欧米の文化や思想、政治制度を翻訳し、戦後はいわゆるヨコ文字で取り入れて来た。
もちろん、それで恩恵を被ったことも多々あることは否定できない。

しかし、しかし、これら外国から伝えられたものを一歩留まって日本人の民族性に照らして考察し、取捨選択していく必要があるだろう。
コロナ終息までにはまだかなりの時間が掛かるだろう。
そして、終息した後には今までとはまるで違う状況が出現するだろう。

貧富の差は拡大し、多くの人がこれまでと同じ生活レベルを保つことが困難になるだろう。
これは日本に限ったことではないが、現在の認識を改めない限り、多くの人は物質的な満足を得ることができなくなるだろう。

そういった状況の中で歴史を客観的に再検討し、われわれ日本人が過去にどういう暮らしを営み、どういう意識を持って生きていたかをジックリと考えなければならない。
それをしなければわれわれの将来は極めて暗いものになるだろう。