瓜生中 公式ブログ
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かけマージャン野郎

「黒川に退職金を渡すな!」
東京高等検察庁ナンバーツーの黒川某のかけマージャンが明るみに出た。
すでに定年延長問題の渦中にある中での恥の上塗りである。

賭博(賭け事)は競輪や競馬などの公営ギャンブル以外は法律で禁止されていることはほとんどの国民が知っている。
賭けマージャンなどが明るみに出れば「賭博罪(とばくざい)」で捕まることになる。

法務省は「点ピン(1千点を100円とする)のレートだったので
必ずしも高額とはいない」と衆議院法務委員会で説明した。
「バカも休み休み言え!」

100円だろうが1万円だろうが、1円でも賭けること自体を法律は禁止しているのだ。
そんな理屈は小学生でもわかるだろう。
このような法務省の発言自体も問題である。

さらに「法の番人」たる検察庁ナンバーツーが法を犯してもバレなければ良いという態度である。
検察庁法改正は司法権(裁判所や検察庁)が行政権(内閣)の統制下に置かれ三権分立の危機だということで批判を浴びている。

しかし、司法を司る役人の中にこんな大バカ者がいるのでは、検察庁が司法権の一翼を担うことはとうていできないだろう。
今回のかけマージャン問題は三権分立云々以前の問題で、まさに幼稚園年少組クラスの極めて低レベルの問題である。

「法律を守って餓死した裁判官」
第二次世界大戦後の日本は敗戦によって穀物の供給源になっていた満州(まんしゅう・中国東北部)や台湾、朝鮮の領土を失った上、これらの外地から帰国する兵員や一般国民の引揚者によって人口が急増し、極端な食糧不足が生じた。

そんな状況の中で日本を統治していたGHQ(連合国総司令部)は食料需給の混乱を防ぐために食料の統制を行った。
これによって、米などの主食を中心に食料の配給制が実施されたのである。

しかし、配給される食糧はとうてい日々の空腹を満たすものではなかった。
そこで、非合法のいわゆる「ヤミ物資」が横行するようになり、焼け跡などにヤミ市が形成されるようになった。

当時は失業者が溢れており、復員してきた兵士や引揚者などの中にはヤミ物資を売って生計を立てているものも少なくなかった。
ヤミ物資は売り手市場で粗悪品でも高値で飛ぶように売れ、これによって財をなしてのし上がったもののいる。
また、暴力団がヤミ市を取り仕切って資金源としていたのである。

この時代はすべての国民がヤミ市を必要悪とし、ヤミ物資で命を繋ぐことに抵抗を感じるものはいなかったようである。

そんな中で東京地方裁判所の裁判官だった山口良忠(やまぐちよしただ)という人物は非合法のヤミ米などを食べることを拒否したのである。
彼は二人の子どもたちには配給の米を食べさせ、自分と妻はわずかに残った配給米を極薄い水のような粥だけを食べ続けた。

その結果、ヤミ米を拒否してから一年後の昭和22年(1947)に33歳の若さで命を落とした。
死因は栄養失調に伴う肺結核だった。
このほかにも裁判官や大学教授でヤミ物資を拒絶して餓死した人も2、3人いる。

ギリシャの哲学者ソクラテスは「悪法もまた法なり」といって毒杯を仰いで命を絶った。

また、複雑怪奇といわれたロシアの皇帝アレクサンドル1世はナポレオンのロシア遠征のときに超法規の作戦を提言した将軍に対して「法律は余(よ・皇帝)より重いのだよ」(トルストイ『戦争と平和』より)と言ったという。

言うまでもなく近代法治国家は法律に基づいて運営されている。
われわれ国民一人一人にとって法律は重い。
たとえ「悪法」であってもそれを守らなければならないのである。

だから、法律を作る「立法府(国会)」、それを運用する「行政府(政府)」の責任はさらに重いのである。
まして、「法律の番人」としての司法の一翼を担うものの責任は重大である。

もし、ソクラテスや山口良忠氏がかけマージャン検察官の話を知ったら、怒り心頭に達するか、あるいは余りのバカバカしさに開いた口が塞がらないといったところだろう。