瓜生中 公式ブログ
日本人を知り、その歴史と文化を知る。そこに未来が拓ける
仏教

鎌倉の仏像の特徴は?運慶との関係について専門家が解説!!

円覚寺の山門

こちらの記事では鎌倉の仏像の特徴や運慶の仏像があるかについてレキ子ちゃんと瓜生中先生が会話形式で分かりやすく解説します!

 

鎌倉の仏像や運慶について知りたい方は必見です。

鎌倉にある仏像で特別公開しかされないもの

極楽寺の駅

 

れきこちゃん
れきこちゃん
鎌倉にある仏像で特別公開しかされないものってあるんですか?
瓜生先生
瓜生先生
極楽寺の清凉寺式釈迦如来像(せいりょうじしきしゃかにょらいぞう)と十大弟子像(じゅうだいでしぞう)があります。

毎年、4月8日と9日の二日間、御開帳になります。

れきこちゃん
れきこちゃん
この清凉寺式釈迦如来像(せいりょうじしきしゃかにょらいぞう)と十大弟子像(じゅうだいでしぞう)は何故特別にしか公開されないんですか?
瓜生先生
瓜生先生
海沿いで痛みやすいため、期間限定のご開帳になると思われます。
れきこちゃん
れきこちゃん
やはり海沿いだと仏像も痛みやすいんですね!!

御開帳
日本の仏像はふだんは秘仏(ひぶつ・秘密の仏像)となっていて、厨子(ずし・扉のついた箱型の入れ物)に中に入っていて姿を見ることができません。
そのような秘仏を何年かに一度、公開するのが御開帳です。
観音開(かんのんびら)き(両開き)の扉を開けることから「開帳」といい、それに尊敬語をつけて「御開帳」といいます。
西国三十三観音霊場(さいごくさんじゅうさんかんのんれいじょう・関西を中心とする三三か所の観音をまつる神聖な寺)のほとんどは秘仏で、12年、33年、50年に一度の御開帳、あるいは御開帳がないお寺もあります。

鎌倉の仏像を巡る(めぐり)マップ

日の丸と日本地図

 

れきこちゃん
れきこちゃん
鎌倉の仏像を巡る(めぐり)マップはあるんですか?

瓜生先生
瓜生先生
仏像に限定したマップはありませんが、鎌倉巡りのマップのなかに代表的な仏像は紹介されています。

れきこちゃん
れきこちゃん
そうなんですね。。。

鎌倉で有名な仏像には何があるんですか?

瓜生先生
瓜生先生
長谷寺の十一面観音(じゅういちめんかんのん)、来迎寺の如意輪観音(にょいりんかんのん)東慶寺の水月観音(みずつきかんのん)などがあります。
れきこちゃん
れきこちゃん
十一面観音は聞いたことがあります!

他のも行って見たいです!

鎌倉の仏像で運慶の作ったものはあるのですか?

運慶作

 

れきこちゃん
れきこちゃん
鎌倉の仏像で運慶の作ったものはあるのですか?
瓜生先生
瓜生先生
残念ながらありません。

北鎌倉(きたかまくら)の円応寺(えんのうじ)の閻魔大王像(えんまだいおうぞう)や鎌倉の外れにある光触寺(こうそくじ)の阿弥陀三尊像など運慶作といっていますが確証はありません。

れきこちゃん
れきこちゃん
古都と言われるくらいだから大量にあるのかと思いました。

他に有名な仏師が作った仏像などはあるんですか?

瓜生先生
瓜生先生
特にはありません。

ですが、光触寺の仏像が運慶作とは言われていますが、実はそうではないと言われています。

れきこちゃん
れきこちゃん
こっちも運慶作ではないんですね。残念です。。。

運慶
鎌倉時代(かまくらじだい・今から約1200年前)の活躍した天才仏師(ぶっし・仏像製作者)。

神奈川にある仏像は他にどんなものが有名なのですか?

鎌倉高校前の踏切

 

れきこちゃん
れきこちゃん
神奈川にある仏像は他にどんなものが有名なのですか?

瓜生先生
瓜生先生
横須賀市、川崎市、厚木市、伊勢原市にそれぞれあります。
れきこちゃん
れきこちゃん
それはどんなものなんですか??
瓜生先生
瓜生先生
一つづつ説明していきます。
瓜生先生
瓜生先生
横須賀の浄楽寺(じょうらくじ)の阿弥陀三尊像(あみださんぞんぞう)毘沙門天立像(びしゃもんてんりゅうぞう)、不動明王立像(ふどうみょうおうりゅうず)は運慶作の名作として有名で、五体とも重要文化財です。

連絡をしておけば拝観できます。

れきこちゃん
れきこちゃん
運慶作!横浜にはあるんですね!!
れきこちゃん
れきこちゃん
次を教えてください!!

瓜生先生
瓜生先生
川崎市の影向寺(ようごうじ)には平安時代作の薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)があります。

こちらは平安時代の末に流行した定朝様(じょうちょうよう)という様式の仏像で、国の重要文化財に指定されています。

れきこちゃん
れきこちゃん
こちらも重要文化財なんですね。

あとは厚木市と伊勢原市ですね!

瓜生先生
瓜生先生
また、厚木市の飯山観音の麓にある金剛寺という寺にも定朝様の阿弥陀如来坐像があり重要文化財に指定されています。

このほか伊勢原市の宝城坊(ほうじょうぼう)というお寺には薬師三尊像があります。

れきこちゃん
れきこちゃん
わあ、鎌倉だけではないんですね!

鎌倉に行ったついでに回れたらいいですね!

鎌倉の大仏の歴史や見所

野ざらしの鎌倉の大仏

 

れきこちゃん
れきこちゃん
鎌倉の大仏の歴史や見所はなんですか?
瓜生先生
瓜生先生

鎌倉時代の建長4年(1252)に造立が開始されたと伝えられています。

最初は木造で、大仏を覆う大仏殿(だいぶつでん)もありましたが、津波で流されてしまったそうです。

その後、銅造で造られましたが大仏殿は再建されず、いわゆる「露座(ろざ)の大仏」になったということです。

 

奈良の大仏は現場で型を作って溶解した銅を流し込んで造られたことが分かっています。

いっぽう、鎌倉の大仏は別のところで車のボディーのようなパーツごとに作り、これを現地で組み立てて溶接(ようせつ)したものです。

 

像高(ぞうこう・高さ)は約11メートルで、約16メートルの奈良の大仏の3分の2程度の大きさです。

遠くから見ると頭や肩が大きくややうわっかぶりしているように見えます。

しかし、近くに行くと遠近感が修正されてちょうど良い大きさになります。

 

かつてあった大仏殿の中で見てバランスが良いように造られたものと考えられます。

奈良の大仏は毘盧遮那如来(びるしゃなにょらい)ですが、鎌倉の大仏は阿弥陀如来(あみだにょらい)です。

 

毘盧遮那如来は太陽系を覆うような広大なスケールを持った仏で、大仏には本来、毘盧遮那如来がふさわしいと考えられています。

しかし、鎌倉の大仏が造られた時代は阿弥陀信仰が全国に広まっていました。

そこで、大仏も多くの人に親しまれている阿弥陀如来にしたのだと思われます。

れきこちゃん
れきこちゃん
ありがとうございます!すごくわかりやすかったです!
鎌倉の大仏の歴史
鎌倉の大仏の歴史、特徴、高徳院の名前の由来を解説こちらの記事では七福神巡りが通年しても問題ない理由 瓜生中がお勧めするルートについてレキ子ちゃんと瓜生中先生が会話形式で分かりやすく解説します! 七福神巡りのルートや時期について悩んでいる方は必見です。...

鎌倉の地獄めぐりってなんですか?運慶との関係は?

薪を燃やしている

 

れきこちゃん
れきこちゃん
鎌倉の地獄めぐりってなんですか?運慶との関係は?

瓜生先生
瓜生先生
北鎌倉(きたかまくら)の建長寺(けんちょうじ)の前にある円応寺(えんのうじ)のことです。

円応寺の本堂には閻魔大王(えんまだいおう)を中心に地獄の十王(じゅうおう・地獄を支配する10人の帝王)がずらりと並んでいます。

円応寺は建長2年(1250)に由比ガ浜(ゆいがはま)のあたりに建てられたと伝えられていますが、創建当初のハッキリしたことは分かりません。

れきこちゃん
れきこちゃん
そういうことなんですね!

由比ヶ浜というと今とはちがう場所ですね!

何故なんですか?

瓜生先生
瓜生先生
江戸時代(えどじだい)の元禄(げんろく)16年(1703)に津波で流され、その翌年に現在地に移されたことは分かっています。

本堂の中央に安置されている閻魔大王像は体内かた発見した文書に建長2年(1250)の作と書かれており、この年につくられたことが確認されています。

れきこちゃん
れきこちゃん
なるほど!津波で流されてしまったのですね。
れきこちゃん
れきこちゃん
もしかしてこの閻魔大王像が運慶作なんですか?
瓜生先生
瓜生先生
はい、この閻魔大王は大仏師(だいぶっし・仏像製作の技術者)運慶(うんけい)の作といわれ、次のようなエピソードがあります。

あるとき、運慶が突然、亡くなって地獄の閻魔大王のところに行きました。

運慶に会った閻魔大王は「お前が私の姿を上手につくることができれば生き返らせてやろう」といったそうです。

 

これを聞いた運慶は大喜びで現世(げんせ・今まで生きていた世界)に戻り、閻魔大王の像をつくりました。

そのとき、運慶は余りの嬉しさに口を大きく開けて笑いながらつくったといいます。

そこで円応寺の閻魔大王像は笑ったような顔をしているということです。

 

しかし、運慶はこの像がつくられる2年前にこの世を去っています。

単なる言い伝えだと考えられています。

れきこちゃん
れきこちゃん
言い伝えだとしてもすごく面白い話ですね!!

円覚寺のご利益と見所

鎌倉の苔の屋根

 

れきこちゃん
れきこちゃん
円覚寺のご利益、見所を教えてください!
瓜生先生
瓜生先生
円覚寺の右手の長い階段を登った山の上に鐘楼があり、国宝の巨大な梵鐘(ぼんしょう)が吊るされています。

その前にあるのが弁財天(べんざいてん)をまつる弁天堂(べんてんどう)です。

弁財天は学問や芸能、商売の神さまとして広く信仰されています。

 

円覚寺の弁天堂でも商売繁盛(しょうばいはんじょう)、諸縁吉祥(しょえんきっしょう)、合格祈願、技芸上達(ぎげいじょうたつ)などなど、あらゆるご利益を掲げています。

れきこちゃん
れきこちゃん
弁財天さまがまつられていいるんですね!

他には何かあるんですか?

瓜生先生
瓜生先生
申し込めばお経をあげて特別祈願(きがん)もしてもらえます(有料)。

れきこちゃん
れきこちゃん
そうしたらご利益もさらに増えそうですね!!
瓜生先生
瓜生先生
はい、ただお参りするより数段ご利益は増すと言われています。
れきこちゃん
れきこちゃん
階段がたくさんあると聞いたのですが。。。
瓜生先生
瓜生先生
段を登るのが一苦労ですが、ゆっくり行っても10分程度で登ることができます。

さらに、円覚寺の広い境内には見所がたくさんあります。

 

先ず、三門(さんもん・山門〈さんもん〉とも書く)は江戸時代の天明5年(1785)の建立(こんりゅう)で、楼上(ろうじょう・二階)には十一面観音(じゅういちめんかんのん)と十六羅漢(じゅうろくらかん)がまつられています。

ふだんは非公開ですが、不定期に公開されます。

れきこちゃん
れきこちゃん
階段苦手ですけど十一面観音と十六羅漢は是非見たいので頑張って登って見ます!

仏殿と方丈(ほうじょう)と庫裏(くり)

れきこちゃん
れきこちゃん
仏殿はどうなっているんですか?
瓜生先生
瓜生先生

仏殿(ぶつでん・本堂〈ほんどう〉)は昭和39年(1964)に再建されました。

鉄筋コンクリート造りですが伝統的な禅宗建築の様式になっています。

仏殿にまつられている宝冠釈迦如来は円覚寺一山の本尊です。

 

この像は頭部だけが鎌倉時代のもので、後は仏殿の再建に伴ってつくられたものです。

仏殿の裏手には方丈(ほうじょう)と庫裏(くり)があります。

方丈はもともと簡素な住職の住まいという意味でした。

れきこちゃん
れきこちゃん
もともとというと途中から豪華になったということですか?
瓜生先生
瓜生先生

はい、鎌倉時代には開基(かいき・実質的に寺を建てた人、円覚寺の開基は第八代執権〈しっけん〉北条時宗〈ほうじょうときむね〉)が大勢の客を招いて法要(ほうよう)を営むために、巨大で豪華なものになりました。

また、方丈の入り口には唐門(からもん)と呼ばれるさまざまな彫刻を施した豪華な門があります。

 

この門は天皇の使いや執権(鎌倉時代の最高権力者)、高僧などだけが通ることを許されています。

れきこちゃん
れきこちゃん
なるほど!

やっぱり、お寺と言えども高貴な方々が来るところは豪華にしなければ行けなかったんですね。

れきこちゃん
れきこちゃん
ところで庫裏(くり)とはなんなんですか?

瓜生先生
瓜生先生
庫裏は寺院の台所で、今もここで料理が作られています。

れきこちゃん
れきこちゃん
台所なんですね!お坊さんもご飯を食べますもんね。

れきこちゃん
れきこちゃん
さらに奥にも何かあるのですか?

瓜生先生
瓜生先生

方丈からさらに先に進むと正続院(しょうぞくいん)という塔頭(たっちゅう・本山〈おんざん〉の円覚寺傘下〈さんか〉の寺)があります。

ここではつねに10人~20人の修行僧が住み込みで坐禅などの修行に励んでいます。

そして、奥には舎利殿(しゃりでん)という釈迦(しゃか)の遺骨(いこつ)を納めた国宝の建物があります。

 

ここは非公開ですが、門から中の様子をうがかうことができます。

さらに奥に進むと仏日庵という塔頭があります。

ここには北条時宗の廟所(びょうしょ・お墓)があります。

れきこちゃん
れきこちゃん
今でも修行している人がいるんですね!

円覚寺は見所いっぱいなんですね!

円覚寺と建長寺どちらがおすすめ?

建長寺の桜

 

れきこちゃん
れきこちゃん
円覚寺と建長寺どっちがおすすめですか?
瓜生先生
瓜生先生

それぞれ古い歴史や見所がたくさんあり、どちらがおすすめということはいえません。

どちらも禅宗式伽藍配置といって沢沿いの南斜面に南から山門、仏殿、法堂、庫裏、方丈が一直線に続いています。

 

円覚寺も建長寺も全国的にも数少ない典型的な禅宗式伽藍配置です。

ただ、円覚寺には法堂がなく、建長寺は平成15年に再建された法堂をそなえた完璧な禅宗式伽藍配置です。

 

両寺とも甲乙つけがたい見所と魅力のある禅寺です。

できれば、ほかの予定をカットしても両方をめぐってそれぞれの良さを味わってみてはいかがでしょうか。

れきこちゃん
れきこちゃん
確かにこれだけあるとかなり時間がかかりそうですね!

食べ歩きもしたいし、鎌倉は何日かかけて見たいくらいですね!

極楽寺の仏像の由来や見所は?

極楽寺駅

 

れきこちゃん
れきこちゃん
極楽寺の仏像の由来や見所は?
瓜生先生
瓜生先生
正元元年(1259)、第二代執権・北条時重が創建した寺です。

極楽寺のある地は「地獄谷(じごくだに)」と呼ばれ、死骸が捨てられたり、行き場を失った無宿人(むしゅくにん)などが集まる場所だったと言われています。

 

その後、重時の子どもらが伽藍(がらん・建物)を整備し、寺院の体裁を整えたという。

れきこちゃん
れきこちゃん
そんなひどいところだったんですね!
瓜生先生
瓜生先生
はい、ですが、文永4年(1267)には真言律宗(しんごんりっしゅう)の忍性(にんしょう)が寺内にさまざまな福祉施設を設け、貧しい人々や病気の人々の救済活動を行いました。
れきこちゃん
れきこちゃん
福祉施設だったんですね。

極楽寺の御本尊はどんなものなんですか?

瓜生先生
瓜生先生
極楽寺の本尊は清凉寺式釈迦如来(せいりょうじしきしゃかにょらい・重要文化財)と呼ばれる一風かわったちょっとエキゾチックな仏像です。

そして、この仏像に従う十大弟子像(じゅうだいでしぞう・釈迦の10人のすぐれた弟子)があります。

 

これらの仏像は本堂のまえの収蔵庫(しゅうぞうこ)に納められており、毎年、4月8日と9日に公開されます。

ちなみに清凉寺式釈迦如来は京都の清凉寺にある仏像で、平安時代に凋然(ちょうねん)という僧侶が中国で造らせて持ち帰ったものです。

 

その後、この仏像は厚く信仰され、同様式の仏像が多く造られるようになりました。

現在、極楽寺のほか全国に120体ほどの清凉寺式釈迦如来があります。

 

れきこちゃん
れきこちゃん

これが最初に言っていた清凉寺式釈迦如来なんですね!

120個全部回るのもたのしそう!

 

鎌倉の建築めぐりはどう巡ればいいのですか?

鎌倉の大仏の螺髪

 

れきこちゃん
れきこちゃん
鎌倉の建築めぐりはどう巡ればいいのですか?

鶴ケ岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)

瓜生先生
瓜生先生
鎌倉には多くの歴史的建造物(けんぞうぶつ)があります。

その中で鶴ケ岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)にはさまざまな建物が軒を並べています。

 

権現造(ごんげんづくり)と呼ばれる日光東照宮と同じ様式の極彩色(ごくさいしき)の本殿(ほんでん)と拝殿(はいでん)、その階段の下にある下拝殿(しもはいでん)という建物などは見ごたえがあります。

覚園寺と杉本寺

瓜生先生
瓜生先生

北鎌倉の建長寺や円覚寺はいわゆる禅宗様式の典型的な建物です。

とくに円覚寺の舎利殿(しゃりでん)は非公開ですが門のところからのぞくだけでも美しい建物の一端をうかがうことができます。

 

また、鶴ケ岡八幡宮からさらに西にいったところには覚園寺(かくおんじ)や杉本寺(すぎもおとでら)があります。

覚園寺は山のふところにたたずむ寺で、うっそうとした林の中に大きな茅葺(かやぶき)屋根の本堂があります。

 

本堂には薬師三尊像(やくしさんぞんぞう)と十二神将(じゅうにしんしょう・薬師如来とその信者を護る守護神〈しゅごしん〉)がまつられています。

杉本寺は坂東三十三観音霊場(ばんどうさんじゅうさんかんのんれいじょう・関東にある33カ所の観音菩薩をまつる寺)の第一番札所(ふだしょ)です。

 

苔むした長い階段(通行止め)の上にある寺で、やはり茅葺の屋根がいかにも山寺らしい雰囲気を醸(かも)し出しています。

本堂の奥の暗いところに三体の観音菩薩像がまつられており、わずかに燈明に照らし出されています。

 

ちなみに、ここの観音様はかつて火事に遭ったときに自分で外に避難して助かったというエピソードがあります。

れきこちゃん
れきこちゃん
本当に沢山の建造物があるんですね。

鶴ヶ丘八幡宮は有名ですよね!薬師三尊像(やくしさんぞんぞう)と十二神将(じゅうにしんしょう・薬師如来とその信者を護る守護神〈しゅごしん〉)も聞いたことがあります!

建長寺の仏像の歴史や見所を教えてください。

建長寺の山門

 

れきこちゃん
れきこちゃん
建長寺の仏像の歴史や見所を教えてください。
瓜生先生
瓜生先生

建長寺は建長5年(1253)に蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)という中国人僧侶によって創建されました。

建長寺のある場所はかつて鎌倉幕府の処刑場があったところで、そこで処刑された人たちの菩提(ぼだい)を弔(とむら)う(冥福〈めいふく〉を祈る)ために地蔵菩薩を本尊としたと伝えられています。

 

仏殿(ぶつでん・本堂〈ほんどう〉)にまつられている地蔵菩薩坐像は像高約2、4メートルの堂々たる姿で、室町時代につくられたと考えられています。

地蔵菩薩はこの世と地獄の間にある賽(さい)の河原(かわら)というところに立っていて、人々を救い続けていると信じられています。

 

建長寺で地蔵菩薩が本尊になっているのはこの地で処刑された浮かばれない人々を救うという意味があったのでしょう。

れきこちゃん
れきこちゃん
そんな背景があったんですね。

建長寺に行くときはいつも以上に気を引き締めて行きたいです!!

宝冠釈迦如来の歴史や見所を教えてください。

日本庭園に流れる川

 

れきこちゃん
れきこちゃん
宝冠釈迦如来の歴史や見所を教えてください。
瓜生先生
瓜生先生

ふつう、釈迦如来や阿弥陀如来、薬師如来などの如来像は宝冠(ほうかん・冠)をかぶったりネックレスなどの装身具(そうしんぐ)は一切身に着けず、一枚の衣(ころも・着物)だけを着ています。

宝冠釈迦如来はすでにインドで造られるようになり、中国を経由して鎌倉時代に禅宗とともに日本に伝えられました。

 

宝冠釈迦如来は東大寺の大仏と同じ毘盧遮那如来(びるしゃなにょらい)ともいわれています。

宝冠をかぶらせきらびやかな装身具をつけることで、釈迦如来をさらにパワーアップしたものと考えられます。

 

禅宗では修行僧は釈迦の直弟子(じきでし・直径の弟子)と考えられています。

だから、パワーアップした釈迦如来が求められたのだと思われます。

れきこちゃん
れきこちゃん
東大寺の大仏と同じ!

それにきらびやかな装具をつけたり宝冠を被らせてみんなの願いを叶えようとしたのですね。

おわりに

今回は仏像各お寺や神社などの解説をし、運慶のエピソードや各神社やお寺にある仏像の特徴を紹介しました。

普通に巡っても楽しい鎌倉ですがこの記事を読んでから巡ればさらに楽しく回れることでしょう!