瓜生中 公式ブログ
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御時世考

「誰に向けての敬語か?」
日本ほど敬語の発達した国はない。
今、若い人でも何かにつけて敬語を頻発するのが日本人の特徴である。

もう何十年も前に料理研究家の草分け的存在で一世を風靡した江上トミという
「おニンジン」「おダイコン」「おスプーン」等など、とくかく手当たり次第に「お」という敬語をつけてねっとりとした貴族のような口調でしゃべることが話題を呼び、良く漫才などがネタにして笑いを取っていた。

敬語を使うのは良いが使わなくても良いものにまで敬語を用いるのは誤用でもあり、聞きづらい。
また、敬語には大きく分けて「尊敬語」と「謙譲語(けんじょうご)」「丁寧語」があるが、それぞれ相手を敬っていることを示す意思表示である。

たとえば「お電話をいただきました」といった場合「お電話」は相手に属する通信機能であるから「お」は相手に向かって発せられた尊敬語である。

また、「いただきました」の「いただく」は電話を受けた相手がへりくだって自分を低めることによって相手を高める「謙譲語」である。

さらに、江上トミ氏が常用していた「おダイコン」という言葉は丁寧語に分類することができ、敬語の向かう先はそれを聞くすべての人に向かっているということができるだろう。

さて、ここで問題にしたいのは「御時世(ごじせい)」という言葉である。
これは「今の時代」という意味で、最近では若い人でも「コロナが流行っている御時世ではどこにも行けない」などと言っているのを良く耳にする。

なぜ、「時世(時代)」という抽象名詞に「御」という敬語をつけるのか、その敬語は誰に(どこに)向かっているのか?
もちろん、「時世(時代)」に対して尊敬の意をはらっているのでもなければ、「お」という丁寧語を冠してこの言葉を聞くすべての人に敬意をはらっている訳でもない。

「お」をつけることによって時代を支える天皇や将軍に対する尊敬語の意味にしているのである。
平安時時代の古典を読むと「○○帝(みかど)の御時(おおんとき)」という言葉が頻出している。

この場合の「御時世」は帝(天皇)に対する尊敬語であることが分かるだろう。
そして、鎌倉時代に武家政権が成立すると権力の中心は幕府に移った。
その後、朝廷の権威は衰退し続けて江戸時代には徳川将軍が全権を掌握する形になったのである。

また、大化の改新(645年)ごろから天皇は神と考えられ、神は天上界にいることから「上」という字が当てられて時代が下ると「お上」といわれるようになったのである。

江戸時代になると「お上」は将軍、及び徳川幕府を表す言葉となった。
つまり、「御時世」という奇妙な敬語はその時代を治める将軍に向けられたものだったのである。

徳川幕府が倒されて明治になると天皇が絶対的な勢力を持つようになった。
すると今度は「御時世」の「御」は天皇、というよりも国家に向けられるようになったようである。

そして、第二次世界大戦後も国民の間には国家を「お上」とする観念は残った。
そこで、今も単に「時世」とは言わずに、若い人も含めて大半の人が「御時世」というのだと考えられる。