瓜生中 公式ブログ
日本人を知り、その歴史と文化を知る。そこに未来が拓ける
仏教

あなたの悩みにも『般若心経(はんにゃしんきょう)』にヒントがあるかも?「空」についても解説!

お経とはどういうものか?

今から約2500年前、仏教の開祖・釈迦(しゃか)は偉大な悟(さと)りを開き、その悟りの内容を人々に語った。

その釈迦の言葉をまとめたもの、つまり、「語録(ごろく)」がお経(仏典〈ぶってん〉)である。

しかし、釈迦が亡くなってから数百年を経て仏教が広い地域に広まり、紀元1世紀ごろに大乗仏教(だいじょうぶっきょう)という新たな仏教を唱えるの大集団が盛んに活動を始めるようになった。

そして、彼らは初期の釈迦の言葉を集めたお経とは異なったストーリー性の強いお経を作るようになった。

これが大乗経典(だいじょうきょうてん)と呼ばれるもので、数百年にわたって膨大な数の大乗経典が作られた。

そして、これらの大乗経典は「仏説」、つまり、釈迦が説いた教えであるとされているが、実際には釈迦が亡くなってから700年も800年も経ってから作られたものである。

大乗経典としては『法華経(ほけきょう)』や『阿弥陀経(あみだきょう)』などが有名だが、最もよく知られているのが『般若心経』である。

↓もっと詳しく知りたい方はこちらの本がおすすめ!↓

知っておきたい般若心経 (角川ソフィア文庫)

『やさしい般若心経』(PHP研究所)

「空」とは?

『般若心経』で説かれる「色即是空(しきそくぜくう)」という言葉は良く知られている。

そして、『般若心経』は「空」を説くお経だともいわれる。

「空」は大乗仏教の中心思想で、あらゆる存在(モノ)には特定の性質がないということである。

たとえば、一本の花を見た人が、この花は赤い美しい花であると感じ、赤くて美しいということがその花の性質だと思う。

しかし、花は時間がたつと枯れてしまい、赤くて美しい性質も失われてしまう。

つまり、人間も含めて世の中のすべての存在(モノ)は刻々と変化して一瞬たりとも同じ性質を保っていない。

すべてのものは白紙状態。

これが「空」ということである。

「色即是空 空即是色」。

これは『般若心経』の中で最も良く知られている言葉である。

これを「色ごとは所詮空しいものだ」などと解釈している人もいるようだ。

しかし、それは誤解で、「色」とはすべての存在という意味で、そのすべての存在が特定の性質を持たない(空)ということである。

人は美しくて赤いという花の性質にひかれてその花を手折って持ち帰ろうとか、もっと眺めていようという気持ちになる。

その気持ちが執着(煩悩)で、この執着の心を起こすことによってさまざまなトラブルが起きて苦しんだり悲しんだりすることになる。

たとえば、ある人が庭先に咲いていた赤い美しい花にひかれて、これを手折って持ち帰ろうとする。

すると、その家の人が出てきてとがめられ、言い合いになったり、挙句の果てには暴力沙汰になったりすることもないとはいえない。

あるいは花の美しさに見とれていたら、大事な約束に時間に間に合わずトラブルになるなど。

仏教では執着(煩悩)が最大の敵である。

そして、煩悩をすべて断ち切ったところが悟りの世界なのである。

だから、日ごろからあらゆるモノに対して空である、白紙状態であるという見方をする訓練をしておくことが必要だ。

このような「空」の思想は大乗仏教の中心思想になり、早くから空について述べた多くの大乗経典が作られた。

参考までに挙げれば、『八千頌般若経(はっせんじゅはんにゃきょう)』、『大品般若経(だいぼんはんにゃきょう)』などというもので膨大な数に上る。

これらの一連の「般若経典」は時代も場所もバラバラに作られたものであるが、7世紀に三蔵法師でお馴染みの玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)が『大般若経』六百巻としてまとめた。

そして、その膨大な般若経典の神髄をわずか264文字に凝縮したものが『般若心経』だといわれている。

つまり、人々に執着(煩悩)を離れて楽な気持ちで生きなさい。

そのためにはすべての存在は空であるということをシッカリと見極めなさいということを知らせるために作られたのが『般若心経』だったのである。