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仏教

『般若心経(はんにゃしんぎょう)』はインドの古い言葉!?お坊さんも隠れてお酒を飲んでいた!

『般若心経(はんにゃしんぎょう)』のタイトルの意味

『般若心経』の正式なタイトルは『仏説摩訶般若波羅蜜多心経(ぶっせつまかはんにゃはらみったしんぎょう)』という。

ちょっと専門的になるが、サンスクリット語(インドの古い言葉で、大乗仏典〈だいじょうぶってん〉はほとんどこの言語で書かれている)の原名は『マハー・プラジュニャー・パーラミター・フリダヤ・スートラ』である。

先ず「仏説」は仏陀(ぶっだ)、すなわち釈迦(しゃか)が説いたことをあらわす。

たいていの大乗仏典のタイトルには仏説の語があるが、実際には釈迦が亡くなってから700年も800年も後に作られたものである。

「マハー」は「偉大な」「勝(すぐ)れた」という意味で、「摩訶」と音写(おんしゃ・サンスクリット語の発音を漢字の音で写したもの)され、「摩訶不思議(まかふしぎ)」などという言葉でもよく知られている。

「プラジュニャー」は「般若」と音写されるが、「プラ」、「最高の」「勝れた」という形容詞と「ジュニャー」、「智慧」「叡智(えいち)」という語からできている。

そして、「ジュニャー」はわれわれ凡夫(ぼんぷ・ふつうの人間)にはないブッダの悟りに導いてくれる智慧である。

さらに、「ジュニャー」に「プラ」という形容詞がつくと「最高の智慧」という意味になる。

「般若」は学習や経験から得られる智慧ではない。

瞑想(めいそう・坐禅〈ざぜん〉)などによって得られる直観的な智慧(瞬時〈しゅんじ〉に感じ取る智慧)であるという。

これがいわゆる悟りの智慧である。

また、古くから「般若湯(はんにゃとう)」という僧侶の隠語(いんご)がある。

酒のことであるが、僧侶は戒律(かいりつ・僧侶の守らなければならない規則)で酒を飲むことが禁止されている。

だから、「酒」という言葉も避けて「般若湯」といったのだろう。

しかし、僧侶の中に隠れて酒を飲んだ人がいて、酔っぱらったときに坐禅では得られなかった神秘的(しんぴてき)な境地(きょうち・気分)を体験した。

これを悟り(般若)の境地になぞらえたのかもしれない。

次に「パーラミター」は「波羅蜜多」と音写され、「修行」、「完成」、「至る」という意味である。

また、「波羅蜜多」は「至彼岸(とうひがん)」とも訳される。

「彼岸」とは悟りの世界、仏の世界のこと。

われわれが住んでいる娑婆世界(しゃばせかい・俗世間〈ぞくせけん〉)を此岸(しがん)、こちら岸に対し、仏の世界を向こう岸(彼岸)というのである。

「至彼岸」とはこちら岸(此岸)から向こう岸(彼岸)に渡るという意味である。

つまり、般若(プラジュニャー)を完全に体得することによって彼岸(仏の世界)に至ることができるということである。

ちなみに日本でお盆(盂蘭盆会〈うらぼんえ〉)とともに二大仏教行事とされている春秋の「彼岸」もパーラミターに由来する。

「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるようにこの時期は一年でもっとも気候が安定して過ごしやすい(最も近年の気候変動で事情は変わってきているが……)。

そして、かつては日本の人口の八割以上を占めていた農民にとってもほっと一息つける時期でもあった。

そんなときに先祖をしのび、先祖の行った極楽浄土(ごくらくじょうど・悟りの世界、彼岸)にゆっくりと思いを馳せたのである。

そして、「心」と訳される「フリダヤ」は「心臓」の意味で、「心髄」、「いちばん大事な」という意味である。

最後の「スートラ」は「経」と訳される。

「経」は経糸(たていと)という意味で、筋道が通っていること。

理路整然(りろせいぜん)とつづられているということだ。

ちなみにものごとのいきさつを経緯(けいい)というが、この言葉は織物(おりもの)に由来する。

布のタテイトが「軽」、ヨコイトが「緯」で、機(はた)を織るときには先ずタテイトを固めてからヨコイトを通していく。

つまり、経(タテイト)はものごとの基盤で、重要な意味が込められた経典も「経」と名付けられたのである。

さて、『般若心経』のタイトルを現代語に訳すと『仏陀(釈迦)が説いた偉大な智慧の完成に至るための心髄を説いた経典』ということになる。

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小説などでもタイトルは重要な要素であるが、経典のタイトルには特に重要な意味がある。

仏教では経典のタイトルのことを題目(だいもく)というが、多くの大乗仏典にはそれをつねに信仰の対象としてこころに留めておいたり、となえることには大きな功徳(くどく・ご利益〈りやく〉)があると説かれている。

日蓮宗(にちれんしゅう)の開祖・日蓮聖人は『法華経(ほけきょう)』だけが釈迦の説いた絶対的に正しい教えで、この経典だけを信仰するべきことを強調した。

『法華経』の正式なタイトルは『妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)』というが、その五文字の題目(タイトル)の中にこの経典のすべてが凝縮されていると考えた。

日蓮宗の信者が「お題目」といって「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)」をとなえるのは、いま述べた理由に依るのである。

もちろん、『般若心経』の題目も極めて重要な意味がある。

だから、この経典を読経(どきょう・声を出して読むこと)のときには、とくにうやうやしく『摩訶般若波羅蜜多心経』ととなえるのである。